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コラム腫瘍
犬の腫瘍と手術以外の治療法:内科療法や緩和ケアについて
はじめに
近年、犬の平均寿命が延びるとともに、「腫瘍(しゅよう)」と診断されるケースが増えています。「うちの子が“がん”と診断された…でも手術は難しい」と悩む飼い主様も少なくありません。
腫瘍=手術、というイメージを持たれることが多いですが、実は手術以外の治療法も数多く存在します。抗がん剤治療や内科的な管理、そして緩和ケア(終末期ケア)まで、飼い主様とワンちゃんにとって最適な選択肢を一緒に考えることができます。
このコラムでは、「手術以外の腫瘍治療」に焦点を当て、内科療法や緩和ケアの考え方・実際の内容について、解説していきます。

犬の腫瘍とは?良性と悪性の違い
「腫瘍」とは、体の一部にできる“異常な細胞のかたまり”のことです。腫瘍には大きく分けて2つの種類があります。
- 良性腫瘍(りょうせいしゅよう):周囲の組織に浸潤(しんじゅん)せず、転移もしない。手術で完全に取り除けば再発の可能性は低い。
- 悪性腫瘍(あくせいしゅよう):周囲の組織を壊しながら広がり、リンパ節や肺、肝臓などに転移する可能性がある。いわゆる「がん」と呼ばれるもの。
手術が難しいケースとは?
腫瘍が見つかったとき、理想的には「手術で完全切除」が最善です。しかし、以下のようなケースでは手術が難しい、または望ましくないこともあります。
- 年齢が高く、麻酔リスクが高い
- 心臓や腎臓などに基礎疾患がある
- すでに転移があったり、全身に浸潤している
- 腫瘍が重要な臓器や血管に絡んでおり切除不可能
- 飼い主様の希望(負担や生活の質などを重視)
このような場合に選択されるのが「内科療法や緩和ケア」です。
内科療法:手術以外の腫瘍治療法
手術以外の治療法は腫瘍の種類・進行度・全身状態によって変わりますが、主なものは以下の通りです。
1. 放射線療法
放射線療法はがん細胞に放射線を照射して、増殖を抑制・破壊する治療法です。特に手術が困難な部位(脳腫瘍、鼻腔内腫瘍、口腔内腫瘍など)や、術後に残存してしまった腫瘍細胞への補助療法として用いられることがあります。
●メリット
- 局所治療が可能:腫瘍が存在する部位に限定して照射できるため、周囲の正常な組織への影響を最小限に抑えつつ治療が可能です。
- 手術が難しい場所にも対応:脳、鼻腔、喉頭などのように手術での摘出が困難な腫瘍にも治療の選択肢として有効です。
- 身体への負担が比較的少ない:手術のように大きな身体的侵襲がないため、高齢の子や他に疾患がある場合でも適応できることがあります。
●デメリット
- 専門施設での治療が必要:放射線設備は限られており、大学病院や高度医療センターへの通院が必要になります。
- 通院回数が多い:1回の照射で終了することは少なく、一般的には週に数回、数週間にわたる通院が必要です。
- 費用が高額になることがある:照射機器の維持や技術的なコストにより、他の治療法と比べて費用が高くなる傾向があります。
- 副作用がゼロではない:照射部位によっては、皮膚炎や脱毛、倦怠感などの副作用が出ることもあります。
2. 抗がん剤治療(化学療法)
抗がん剤は、がん細胞の増殖を抑える薬です。点滴や内服薬として使用され、腫瘍の縮小や進行の抑制を目的とします。
●メリット
- 手術ができない腫瘍でも治療可能
- 痛みや症状の緩和
- 他の治療と併用できる
●デメリット
- 副作用(吐き気、下痢、白血球の低下など)の可能性
- 複数回の通院が必要
- 治療効果には個体差がある
ただし、人間と違い、犬では副作用が出にくいよう調整された量で使用するため、多くの子が普段通りの生活を送りながら治療を受けています。
3. 分子標的薬(ぶんしひょうてきやく)
がん細胞の特定の分子に作用して、成長や増殖を抑える新しいタイプの治療薬です。副作用が比較的少なく、内服で続けやすいという特徴があります。
例:トセラニブ(商品名:パラディア)
→ 特定の腫瘍(肥満細胞腫など)に適応があります。
4. ステロイドやNSAIDsによる腫瘍縮小
腫瘍の種類によっては、副腎皮質ホルモン(ステロイド)や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)により、炎症を抑えたり腫瘍の成長を抑えることが可能な場合があります。
緩和ケア(終末期ケア)とは?
緩和ケアとは、治癒を目的とする治療ではなく、痛みや不快な症状を緩和し、生活の質(QOL)を保つことを目的とするケアです。
以下のようなアプローチが含まれます。
1. 痛みのコントロール
- 鎮痛薬(オピオイド、NSAIDs)
- 抗けいれん薬
- 神経因性疼痛に対応する薬(ガバペンチンなど)
痛みを最小限に抑えることで、「食べる・眠る・歩く」などの日常が取り戻せます。
2. 食欲・体力の維持
- 食欲増進剤(ミルタザピン、カペリンなど)
- 消化に優しい高カロリー食
- 栄養サプリメントの使用
3. 飼い主様の心のケアも重要
緩和ケアの中では、飼い主様の心のケアも欠かせません。
「これでよかったのか」「苦しませていないか」と悩むことが多いため、スタッフが寄り添いながら一緒に方針を決めていきます。
治療の目的は「延命」だけではなく「その子らしく生きる」こと
近年では、「がんと共に生きる」ことを目指す治療が重視されるようになっています。
- 毎日笑顔でごはんを食べる
- お気に入りの散歩コースを歩く
- 家族に囲まれて穏やかに過ごす
治療のゴールは「がんをゼロにする」だけでなく、「その子らしく、痛みなく、幸せな日々を送る」ことでもあります。
当院でできる腫瘍治療のご案内
当院では、腫瘍の検査・診断から、内科療法、緩和ケアまで幅広く対応しております。手術以外の選択肢をご希望の方や、治療を迷われている方もお気軽にご相談ください。
また、必要に応じて、二次病院との連携も行っております。

まとめ
犬の腫瘍は決して珍しい病気ではありませんが、「手術できない=何もできない」わけではありません。内科療法や緩和ケアといった選択肢も、ワンちゃんの生活の質を大きく支える力になります。
飼い主様とご家族の想いに寄り添いながら、その子にとって最良の治療・ケアを一緒に考えていくことが、私たち動物病院の役割です。
気になる症状がある方、腫瘍と診断されてお悩みの方は、ぜひお気軽に当院までご相談ください。
